今日は鎌ヶ谷の『麺屋てつ』へ。
ここのお店は我が家御用達のつけ麺屋さんで、讃岐うどんをさらにハードな筋トレメニューで鍛え上げたかのような上手い麺が食べられる。
お店については子連れお出かけブログの『ひなどりとラパン』にてご紹介しているのでそちらの記事をご参照いただくとして…本日はこれを食べながら考えていたことについて少し。
このようなコシの強い麺を食べるといつも思い出す場面がある。
大学生の頃、同級生と後輩と三人で、国分寺にある通称「幻のうどん屋さん」に行ったときの話だ。
そこは昼時の11時から14時までしか営業しておらず、しかも場所が住宅街に紛れていてとてもわかりづらい。
ひとりで何度か行こうとしても、探せなかったり時間が合わなかったりでなかなか来店することが出来ずにいた。
しかしその日は三人がかりで探したおかげで、閉店前に辿り着いた。みんなで門をくぐると、おじさんとおじいさんと中間あたりの年齢の方が出迎えてくれた。
閉店前ということもあって、他には誰もお客さんはいない。食券を買って手渡すと、しばらくしてから見たことのないほど力強い色と太さをしたうどんが目の前に置かれた。
すごいコシ。うどんの概念を覆されるかのような逸品。私たちが夢中で食べていると、お店の店主が話しかけてきた。
「うちのうどんは凄いでしょ!」
「うどんは噛まずに食べるっていうけど、うちのうどんはそんなことしたら窒息してしまうよ!」
なかなかのご自身の作品への愛情あふれるコメントなどをお聞きしながら、私も楽しくなって積極的にコミュニケーションをしていた。
店主はかき揚げなどのサービスもしてくれ、これでもかというほど食べた私たちははち切れそうな腹を抱えて店を後にした。
すると一緒に行った同級生が私に言ったのだった。
「サトシって本当にご年配の人に気を使わずに生きてきたんだね。」
言っている意味が全くわからなかった。いや、たしかにその通りではあったのだが、それを言われる文脈がわからなかった。
しかし、後輩もうんうんと頷いている。
聞けば先ほどの店での会話中、ふたりは店主がいつ怒り出すかとヒヤヒヤしていたそうだ。私が失礼な回答などをしていたと。いわく、明らかに不機嫌そうな態度をしていたと。
もちろん私としては初対面の人間に向けて、20歳を超えた大人としてわきまえているつもりではあった。だからこそ、すこし怖くなってしまった。自分が楽しく人と会話をしているつもりでも、人はそうは思わないものなのだ。
しかし確かに相手が年配かどうかなどを気にかけたことはない。赤ちゃんでも小学生でも大学生でも政治家でも芸能人でも老人でも、私の態度はさほど変わらない。どれも同じ人間に過ぎない。それがもし不快なのであれば会話の価値などないだろう。
なんとなく、私がそのうどん屋さんに行くことはもうなかった。
いまも営業しているのだろうか。あそこでしか食べられない味だったし、いつか家族で行ってみたい。








