新京成線にのって

電車の中で息子と座る。
暇つぶしは紙とノート。

同じ空間を共有する人間が
ざっと20人ほどいる。

私たちのように家族でいる者も
その他大勢のように見知らぬ者も

同じ時間を
同じ空間で過ごしているというのに
私は目の前の
あなたの名前すら知らない。

あなたはスマホを打ち、
私は紙にこれを書きなぐる。
隣にいる息子は
小人の絵を描いている。

文字にすればこんなにも不自然なのに
どうしてこうも心地良いのだろう。

つながらない人と
つながっている人に囲まれて
きっと夜風とともに
時間は走っていく。


ピンク色の座席に、
目元のメイクが
やけに際立つ女性がひとり。

ご時世のマスクを目下までかぶり、
妙な内股でスマホの画面を覗きこむ。

3秒くらい目を凝らしたかと思えば
腕をおろして、
斜め下45度のほうを眺める。

この表情をどこかで知っている。

割と好きだったような気もする。
腹を立てたような気もする。
笑えたような気もする。

松戸新田でその女性が降りると、
今度は別の女性が
その横のほうに座って

同じ表情をしていた。


変な機械音が耳の後ろで鳴り響く。

揺れる身体。揺れない身体。

いくつものパターンをのせて
終点に着こうとする。

窓に映ったのはきっと、
みんなの同じ顔。

私も息子もそれ以外も、
みんなきっと同じ顔。


息子を連れて街へ出た。
優しくないシステムと優しい人間。

そんなことがあるなんて。

優しくない人間がつくった
優しくないシステムに
優しい人間が
馴染もうとしているよう。

街にあふれるもののすべてを
こっそり因数分解すれば
きっと優しくないものが目立つ。

でも本当は優しい。人間も同じ。


ふと気をつけると、
色とりどりの広告。
ぶどう狩り。ドッグラン。
学校。ノジマ。

この一瞥に、
いったい幾らの価値がある。
いま見ているものなんて
きっと覚えていない。

同じような文字。
同じような表現。

どうせこの間にあってない。
なんでだろう。


理由を探し、意味を探して、
疲れたころに人は電車にのる。

自分では
どうにもならないことを叶える力。

黙っていても、
思考を止めていても、
必ず走り続ける力。

疲れたころにのるのだから、
そりゃあ麻痺だってする。

そして朝になって、
その力が少し
敵になったような気もする。

電車はただ、
時間どおり走っているだけなのに。

ゆりかご。ゆりかご。


家が近づく。見慣れた景色。

ドアが開くその瞬間まで、
私たちは空想のなか。

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